お米づくりで出会う、その年だけの色

自然に寄り添うことの意味

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私が思う、今の「日本の色」 vol.15

お米農家 やまざき

米農家

お米農家 やまざき

米農家

茨城県南西部、筑波山の麓に位置する肥沃な土壌でお米づくりをしている、「お米農家やまざき」の山﨑宏さん・瑞弥さんご夫婦。農薬や化学肥料に頼らず、手塩にかけて「ひなたの粒」という名のコシヒカリを栽培しています。2015年9月の記録的豪雨で鬼怒川が決壊したときは、収穫最中の田んぼが浸水被害を受け、一時は再生が危ぶまれたことも。自然災害を乗り越え、日本人の食生活に欠かせないお米を作り続ける思いを、その過程で出会う4つの印象的な色とともに、妻の瑞弥さんが語ってくれました。

自然のまま食卓に上がるまでの見えない手間

山﨑家は代々農業をしていたのでしょうか。

 夫の実家は江戸時代から足立区で農業をやっていて、夫で6代目になります。前の東京オリンピックの頃、田んぼがあった場所の近くに環七(環状七号線)が通ることになり、祖父はよりよいところに田んぼを持ちたいと思ったようです。筑波山の麓は土壌がいいという噂を昔から聞いていたため、車の免許を持っていなかった祖父は、自転車にリヤカーを付けて農機具一式を載せ、足立区から筑波山を目指して出発したそうです。そして見つけたのが茨城にある現在の農地なのですが、途中で休憩して一杯引っかけた埼玉の土地も気に入ったらしく、そこにも田んぼを持つことに。今もふたつの土地を受け継いで、お米づくりをしています。

宏さんが農業を継いだのはいつ頃ですか?

 就農したのは18歳です。一緒にやっていた父と叔父がリタイアしたのが、12年くらい前。当時は足立区に住みながら茨城と埼玉の田んぼに通い、農閑期はほかの仕事もしていました。バランスよくいろんな仕事をやりながら、この先も生活していくと思っていたのですが、夫ひとりになったとき農業一本で全力でやりたいと言い出して。内情を知っている夫の親や親戚からは、農業はもう辞めたほうがいいと反対されたのですが、夫が普段は見せない意地を見せて続けることになりました。

無農薬米を作るようになったきっかけは?

 農家は意外と昔から、自分たちが食べる分くらいの無農薬米を作ったりしているんです。全部を無農薬にするととても手間がかかるので、出荷分までは難しいのですが。うちの場合も無農薬米を代々作って、家族や親戚が食べていたので、私たちがそれを引き継いだだけなのです。

 お米づくりは、ゼロから十まで自分の手をかけられるところが、夫の気質に合っているのだと思います。今はとにかく一日でも長くお米を作り続けられるよう、サポートするのが私の役割です。サポートというのは、農作業そのものもですが、一番のネックは販路がなかったり、販売価格が安かったりすること。嫁いで間もない頃、自然に育ったお米が自然のまま食卓に上がるまでには、大変な労力がかかることを私自身も知りませんでした。それを誰にも伝えずに、一般のお米と同じ土俵に立っているから大変なのであって、きちんと伝えれば必要としている人に届くのではないかと考えました。そして1キロのパッケージを作ったり、白米や玄米だけでなく、七分づき、五分づきなども商品化して、お客様の細かい需要に合わせて、お米農家として提案することにしたのです。お米料理のレシピ本を出版し、SNSが普及する時期と重なって、ようやく起動に乗ってきたところで、2015年9月の稲刈りの最中に鬼怒川氾濫の被害に遭いました。もう一度振り出しに戻り、ようやくなんとか持ち直して現在に至っています。


気力と体力が湧いてくる田んぼの色

お米づくりで出会う印象的な色を教えてください。

 お米づくりは春先の籾(もみ)まきから始まり、ビニールハウスのなかで1カ月ほど苗を育て、5月のゴールデンウィークに田植えをします。メインは機械で植えますが、どうしても抜けが出てしまうので、さし苗といって人が田んぼに入って、手でも植えていきます。さし苗は3本くらいの苗を一度に植えるのですが、3本がうまく分けつ(根元から新芽が伸びて株分かれすること)すると、27本くらいになります。そこから単純計算でお茶碗1 杯分、2700~3000粒くらいのお米が実ります。なので3本の苗が1株になり、お茶碗1杯分のごはんになるのだとイメージしながら、植えていくんです。
 無農薬で育てる田んぼは、夏の間、ひたすら除草が続きます。放っておくと人が歩けないくらい雑草が生い茂るので、下に草がない状態を維持管理するのが一番大変で、とにかく手間がかかります。そして7月末くらいになると、茎のように見える部分がふわっと開いて、稲粒が現れます。この時点で粒の中はまだ空っぽで、朝の2時間だけ粒が開いて白いお米の花が咲き、自家受粉をします。「日本の色」として4つの色を選びたいのですが、そのひとつがこの時期の稲の緑です。花が咲いているときの田んぼは、お米の炊きあがりのような甘いにおいがして、子孫を残すために生命力が爆発しているような感じで、葉も青々として透明感があり、とてもきれいな色をしています。バッタなど田んぼに来る虫たちも、羽化したてなので稲とほぼ同じ色をしていて、その後、さまざまな生命体の色になっていくのですが、この時期の色が私は一番好きですね。

 受粉が済むと粒の中に白い液体が満ちて、それがお米になります。真っ直ぐに立っていた穂が重みによって徐々に頭を下げてくるのを見ると、受粉が無事に終わったのだとほっとします。稲刈りの時期に向けて、田んぼが徐々に黄色味を帯びてくるのですが、ふたつ目にあげたい色が、収穫前の黄金色の稲です。嫁いで初めてこの色を見たとき、ただただしんどいと思っていた農作業に対する気持ちが変わったというか、夫が守り続けたい理由がわかった気がしました。1年に1回しか収穫することができない、日本のお米づくりの到達点を象徴する色だと思います。

お米づくりの良し悪しは、どこで決まるのでしょうか。

 場面場面で大事なところはもちろんありますが、天候や水温や気温などいろんなことに左右されて辿り着くものなので、一概には言えません。だからこそ私たちにとっては、できあがった一粒一粒が結晶であり、愛おしさを感じます。収穫した稲束の重みも格別ですが、やはり「今年のお米はどうだろうね?」と言いながら最初に食べる一膳は、毎年緊張します。あの稲がよくぞここまで実ってくれたと思うと、その白さや輝きはひときわ美しく見えます。これが3つ目の色です。
 
 お米づくりは収穫したら終わりというイメージがあるかもしれませんが、稲刈りのあと、しばらく経ってからやる野焼きという作業が、本当に最後の作業といえます。田んぼに火をつけて稲藁などを燃やすことによって、灰にして肥料にしたり、雑草の種や虫の卵を駆除して、来年の田植えまでに微生物が分解しやすい状態にしておきます。野焼きは、1年通してお米を作ってきた田んぼと、作業をしてきた自分たちに「お疲れさま」と一区切りするような意味合いもあり、そのときの灰の色もあげておきたい色のひとつです。

お米づくりは、どんなところにやりがいを感じますか?

 うちの場合は大前提として、お米を大きくする肥料は使わないとか、雑草などを排除する農薬は使わないというルールがあります。そうするとどうしても小粒になりがちだし、虫がついたり、雑草と格闘したりなど、合理的とはいえないいろんなことが起こります。春先に籾まきをすると、秋の収穫まで休みがまったくなく、田んぼのことを四六時中気にしています。だけど夏の暑いときに草取りでへとへとになっても、青々とした田んぼを見ると気力と体力が湧いてきます。稲刈りも収穫したお米を何トンも運ぶので、体力的にかなり消耗するのですが、黄金色の稲穂が風にそよいでいる景色を見ると、不思議とリセットされるんですよね。ロマンでも主義でもなくこういう仕事を続けていられるのは、日本人として脈々と受け継がれてきた農耕民族のDNAなのかな、とふと思ったりもします。祖父が筑波山を目指したときと同じくらいの情熱が夫にもあり、私も運良くこの仕事に出会わせてもらえました。

 夫は自分の育てたお米で賞を取ろう、というようなスタンスとはまったく違うベクトルで、ひたすら稲を観察して、彼らがよりよく育ちやすい環境を作り、世話をし続けることに情熱を注いでいます。1年に1回しか収穫できないし、その良し悪しもある程度までしか操作できません。自然が味方してくれたら、とてもおいしいお米ができるけれども、翌年、そのお米を種にして植えても、またおいしいお米ができるとは限らない。自然に寄り添うというのは、言葉にするとシンプルですが、本当に大変なことだとつくづく思います。今はこのまま続けていけることが理想ですし、自然災害がなく毎年無事にこの4つの色に出会えることに喜びを感じています。

お米農家 やまざきさんにとっての日本の色

自然に寄り添うことの意味

NOCS品番 : 5Y-2-1.0(左:お米)
NOCS品番 : N2(左から2番目:炭)
NOCS品番 : 10GY-8-3.0(左から3番目:新緑(田んぼ))
NOCS品番 : 2.5Y-8-1.0(左から4番目:藁(しめ縄)

Profile お米農家やまざき

山﨑宏さんと瑞弥さんが営む米農家。宏さんは、江戸時代から続く農家の6代目。現在は茨城県と埼玉県で、無農薬栽培によるコシヒカリ「ひなたの粒」を栽培している。広島県出身の瑞弥さんは、大学の工学部で産業デザインを学び、結婚前は都内の彫金アトリエに勤務していた経験を生かし、「ひなたの粒」のPRや消費者との窓口を担当。自分たちの作ったお米をよりおいしく、楽しく食べてもらうためのレシピ研究にも熱心で、お米料理のレシピ本『お米やま家のまんぷくごはん』(主婦と生活社)も出版している。
https://www.okome-yamazaki.com/

プロフィール写真: 川しまゆうこ

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ファッションコンサルタント、NY在住

市川暁子

1999年の年末にNYに移り住み、NYを拠点にファッションを軸にアートやデザインなどのプロジェクトを幅広く手がけているコンサルタントの市川暁子さん。世界中の人が集まりカルチャーが生まれる街・NYから考える、今の日本、そして今の日本の色とは?

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