伝統と現代の架け橋となる、

「奥深き“黒”」

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私が思う、今の「日本の色」 vol.007

井上雅博

表具師

井上雅博

表具師

京都で1957年に創業し、数多くの文化財修復にも携わる京表具井上光雅堂の三代目として、京表具を通して伝統技術の継承や普及を行う井上雅博さん。
奈良・平安時代から日本の建築や文化、そして人々の暮らしに密接にかかわってきた表具ですが、建築様式やアーティストの作品も時代とともに変化する今、表具の新境地も生まれているようです。伝統的な手法や道具と現代の要素を融合させる井上さんが今注目する色を教えてくださいました。

表具師の新しい姿

表具師という仕事について教えてください。

 掛け軸や屏風、額装を仕立てる仕事です。画家や書道家の作品を預かり、仕立て、作品に仕上げます。最近は工房で行う掛け軸の制作と壁に和紙を貼るといった現場仕事が多く、そのほかにもアートを絡めた作品作りもしています。いろいろチャレンジしているね、と言われますが、制作においての技術面では変わったことはしていなくて、作品を飾るときの建築物が変化しているので、それに合わせて仕立ても変化させている感じですね。今までだったら数寄屋建築とか茶室の設えに合わせるということがほとんどだったので。自分自身で特に意識しているのは、昔ながらの表具の仕立て方法を使って、今の表具にしていきたい、ということなんです。

それと、アーティストの作品の潮流も変わってきているのでそれに合わせて表具も変えていますね。表具はあくまでもアーティストを支えるものでもあるので、彼らと話し合いながらすべては決めていきます。けれど、空間の施工の面では自分からもアイディアを出していくようにしています。

建築様式やライフスタイルの変化に対しては?

 特に気にしているのは、空調の影響です。建物や空調の状況で保存方法が大きく異なるので、それに合わせて作ります。日本で作ったものを海外で展示するときも湿気などが全然違うので、状況を事前に把握することが大切です。伝統的な技術だと対応しきれない部分もあるので、試行錯誤の繰り返しですね。
 表具のいいところは収納できることで、実は現代の建築様式に合ってるんですね。掛け軸なら巻ける、屏風ならたためる。でもその完成度を上げるには、制作段階で工夫と計算が必要ですね。

多様な環境に対応する表具作りとは。

 海外で展示するアーティストのサポートも増えてきましたので、さまざまな環境に適応する表具作りを試みています。掛け軸は基本的に和紙を仮張り板に張って、湿気の多いときに十分に水分を吸わせて、そして天日干しで乾かす。これは和紙に呼吸させているんですが、その呼吸をさせる時間の調節が重要で、長ければ長いほどどんな環境にも耐えられる強いものができるんです。

掛け軸は、表の絹と裏の和紙だけでぶら下がってる状態で、よれたりせず、とにかく強くないといけないので、何回も呼吸をさせておくんです。生き物ですよね、不思議です。この呼吸をちゃんとさせることができれば、最終的に飾る場所が日本の床の間であっても海外であっても対応できるんです。掛け軸はとくに難しいのですが、額装などは張り込むので場所の変化にさほど左右はされないと思いますね。


表具と色の関係

表具ならではの色使いはあるのですか。

 あまり知られてはいないですが、表具には京表具と江戸表具とあるんですよ。私はもちろん、京表具の部類に入ります。この京表具には京都周辺の産地で採れる材料を使わなければいけないという国が定めた決まりがあって、和紙なら、奈良や宇陀市で漉いたもの。裂地なら西陣織りを使うとか。その裂地の西陣織が、淡い色が多いので京表具は淡い色が特徴になっていると思います。江戸表具というと、ぱきっとした青だったり、強い色が多いです。京表具の場合は青も茶色も淡い、なぜかといえば京都画壇とか京都の日本画の影響もあってだと思いますが、フワーとした感じですね。

 しかし、表具はあくまでも、主役の画や書をどう引き立たせるかということなんで、取り合わせが勝負でもあります。表具師の感性によっても違いますが、どういう裂地を当てたらその画が引き立つかというのを考えて選ぶのが重要なんですよね。日本の色は本当に豊かで、茶色と言っても幾種類もあるので、微差だけどそれが違いになるんですよ。

 それと、西陣織は本来はいろんな色と柄があるんですが、表具用に織ってもらうのは、画の邪魔にならないように二色、三色に抑えているんです。中でも色の違いがはっきりしてるものは仏画用、文様の意味合いや色の取り合わせなど、全部含めて画に合わせて取り合わせるようにしています。

裂地は何種類くらいお持ちですか?

 画が送られてきてどれに合わせるかと考えために、少ないとよくないので、多めに持ってはいますね。最近は着物を織る人が減っているように、裂地の職人さんも減っているようで、この柄がなくなったから追加で、という訳にはいかなくなってしまっていますね。

井上さんがいま注目する色とは?

 今面白いと思っているのが黒ですね。すごく奥深いですよ、実はバリエーションが多い色だと思うんです。昔から表具で使われているのは漆の黒で、屏風の縁、額縁の縁なんかよく目にすると思います。漆は白も赤もあるけど、縁取りで考えても黒が締まるんですよね。なので表具のきれの部分にも使ったりしています。黒を使った表具は、かつては建築様式に合わなかったのでこういう使い方をしなかったけれど、現代建築に合わせるとびしっと合うんですよね。コンクリートの打ちっ放しなんかにはぴったりで、伝統的な色でもあるのに、モダンなシチュエーションにすごくしっくりくるんですよね。だから、黒の種類がもっとたくさんあったらいいなとも思います。
 
 裂地の西陣織を黒で織ってもらっていますが、染めるにしても黒はムラが出やすいのでお値段は張りますが、テクスチャーもあって、光の入り方で色の見え方も変わってくるんですよ。最近は書家が英語で書く作品があったりするんですが、漆の黒の種類も多様ですし、黒を使った表具は現代の作品にすごくマッチする気がします。

現代の表具師としてのチャレンジについて。

 工房で作った掛け軸や屏風は、最終的にどこかで飾られるもので、その飾られる場所の空間作りも私たちの仕事なのではないかと思っています。作品を納品して終わりではなく、その作品が最大限に輝けるようにしたいですね。その時に、表具で使う西陣織や和紙や金箔といった素材を空間に使用して、作品がさらに引き立つ空間作りができたらいいなと。現在もホテルや飲食店の内装を手がけていますが、そういったことを積極的に行っていきたいです。

井上さんにとっての日本の色

「奥深き“黒”」

NOCS 品番 : 2.5GY−0.5−16

Profile Masahiro Inoue

京都生まれ、京都在住。一級表装技能士。神社・仏閣の表装をはじめ、日本画・書に関わる軸装・額装・屏風等、表装の新調と修復を手掛ける。近年は、日本画家・書家の表装作品をはじめ、現代アートと京表具を融合させて作品の制作など、現代建築様式へのアプローチとして京表具で使用する伝統的な材料と技法を活かし、新しいアート・デザインを取り入れた表装作品も数多く制作している。

京表具井上光雅堂

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