岐阜県瑞浪市生まれ。家業のタイル用釉薬を製造する株式会社玉川釉薬に6年勤務。名古屋でのボランティア活動を経て、東京でまちづくり・ものづくりに関連した地域活性のプロジェクトマネジメントに携わる。瑞浪市では焼き物工場見学イベントなどを企画。2014年、合同会社プロトビを設立し、タイル・焼き物産地のPR事業を手がける。2017年、オーダーメイドタイル事業「TILE made(タイルメイド)」をスタートし、タイルの提案・企画・開発・製造・販売を行っている。
タイルプロデューサー
タイルプロデューサー
焼き物のまち、岐阜県瑞浪市でタイル専用の釉薬会社を営む家に生まれ育った、玉川幸枝さん。明るく社交的な玉川さんが、さまざまな経験をして行き着いたのが、どんな色も生み出す釉薬職人である父の技術を、表情豊かなオーダーメイドタイルとして広めることでした。使う人の思いやストーリーがこもった色は、どのようにして生み出され、タイルに落とし込まれるのでしょう。タイルを通して見えてくる色の魅力を語っていただきました。
私は岐阜県瑞浪市の出身なのですが、この辺一帯は美濃焼発祥の地で、モザイクタイルの一大産地でもあります。家業はタイル用の釉薬を作る会社で、現在、父と姉が職人として釉薬作りに携わっています。私自身はどちらかというと外に目が向いているほうで、世界を飛び回って社会に貢献できるような仕事をしたいと思っていました。
しかし、とある事情で大学を中退して家業を手伝うことに。6年間働いたのち、東京でビジネスの勉強をしていたのですが、東京にいると自分のルーツを聞かれることが結構多いんですよね。そのたびに焼き物のまちや家業について振り返り、一番やりたいことって何だろうと改めて考えて、タイルや釉薬の魅力を広めたいという思いに行き着いたのです。
岐阜の山奥で、どこにも行かずに釉薬を作っている父が、あるとき「釉薬職人は、タイルのトレンドを作ることができる」と言ったんです。釉薬メーカーというのは基本的に黒子で、タイルメーカーから依頼された色を作ります。複数のメーカーに出入りして要望を聞いていると、どんな色が流行っているのかとか、これから人気が出そうな色がわかるらしいのです。さらに言うと釉薬職人の仕事は、色を再現することと生み出すことに大きく分けられ、今は再現のほうが主流になっています。たとえば、マンションの壁面の崩れたタイルが届いて、「補修用にこのタイルを再現してほしい」というような依頼です。もちろんそれも大事な仕事ですが、釉薬職人は色を生み出せる技術をもっているので、そっちにももっと力を割くことができたら、タイルの魅力をより多くの人に伝えられると思ったのです。
オーダーメイドタイルのブランドを立ち上げる直接的なきっかけは、「むらのあるタイルを作ってほしい」と言われたことです。それまで色むらや焼きむらのあるタイルは、業界的にタブーとされていました。既存のカタログに載っているようなタイルを「しゃべらないタイル」と表現している方がいらっしゃったのですが、まさにそういう“いい子”のほうがお客様からクレームが出ず、不特定多数の方に届けることができます。けれど、むらにこそ味わいを感じる方がいらっしゃることを知り、存在感のあるタイル「しゃべるタイル」を作ってみたいと思いました。一歩間違えばクレームにつながりかねないけれど、お客様ときちんとコミュニケーションを取り、少量生産のオーダーメイドの強みを活かして個性的なタイルづくりに挑戦したいと考えました。
釉薬というと、器などの焼き物をイメージする人が多いと思うのですが、立体的な器と違って、タイルは平面にいかに世界を詰め込むかが問われます。そのぶん制限が多いですが、そこがチャレンジングで面白いと私は思っています。それとタイルは基本的に壁に張るものなので、使うというより生活の一部になることにも魅力を感じています。1ピースで見るのと、壁に張られて風景として見るのとでは、雰囲気がまったく違うんですよね。
むらはそもそも、窯の内部の温度差などが原因で生じるので、昔のタイル作りでは避けられないことでもありました。現在は窯の性能が上がって均一なタイル作りが可能になったので、わざとむらを出すのは難しいのではないかと最初は思いました。それで父に「色むらのあるタイルって、作れるの?」と聞いてみると、「おお、作れるぞ」とあっさり返されて(笑)。現代の焼き方でも、釉薬の量を調整することでむらを出せると知って、目から鱗が落ちました。
やはりタイルをオーダーメイドしようと思う方々は、色に対して情熱やこだわりのある方が多いですね。たとえば夕焼けの写真を送ってくださって、このグラデーションを表現してほしいとか、夜明け前の空の一部分を指して、この色がいいとか。思い出の色やその土地ならではの色を、タイルに収めてほしいという依頼もあります。写真など参考になる資料はお借りしますが、お客様としてはまったく同じ色がほしいというより、その世界観をタイルに落とし込んで、壁に取り込みたいという気持ちが強かったりします。ですから思いを適切に汲み取って、色に翻訳していくのが私の役割といえます。
お客様が「なんとなくいい」とか「なんとなく違う」と思うのは、感覚的なことのように思えますが、商品となったタイルは「なんとなく」そう感じる理由をきちんと持っているんですよね。とても微細なことですが、そのなんとなくを設計していくのが難しいといつも思います。具体的に言うと、それこそ今のトレンドなのかもしれませんが、むらであったり、濃淡であったり、自然な感じが好まれるというのがあります。要はコントロールしていない感じ、ですね。そのためのひとつの方法として、たとえば表面に塗った釉薬が浮き沈みするようなしかけを施したりします。コントロールしていないような状態をコントロールするという、ちょっと不思議な作業ですね(笑)。
イタリアで年1回開催されている世界最大のタイルの展示会に行くと、それぞれの国の人の好みやトレンドが見えてきて興味深いです。日本の磁器質タイルは、通常、1250℃の高温で20時間以上かけてじっくり焼きますが、イタリア、ドイツ、スペインなどヨーロッパのタイルは、800~900℃くらいで3、4時間しか焼きません。そのためヨーロッパは浮き沈みのない色が多く、日本は深みのある色が得意といえるかもしれません。ただし、タイルそのものの捉え方が違っていたりもして、2、3メートルもある大判のタイルにインクジェットプリンターで彩色するのが、世界的には主流になっています。いまだに小さいタイルを20時間以上かけて作っている日本は、ある意味、ガラパゴス化しているといえます。けれど、私が尊敬している日本のタイルメーカーの社長さんは、それが自分たちの強みだとおっしゃっていて、私もその通りだと思っています。手間ひまがかかるぶん、どうしても高価になってしまうのですが、大判の安いタイルではできない、ラグジュアリーな世界観を作る提案が可能なのです。
今やらなければと思っているのは、色を整えること。釉薬の色というのは本当に難しく、2種類の原料を1対1で混ぜても、単純に比率通りの色が出なかったりします。しかも窯の状態や気候、原料の質でも最終的な色味が変わってくるので、調合通りに作っても再現が難しい。なので、緻密な色の出し方は職人それぞれの頭の中にあって、アプローチが全然違うんです。たとえば姉の場合、出したい色があったら過去のデータを探して、どう組み合わせればいいか仮説検証するのですが、父はその場で調合を書き始めたりします。その違いが興味深かったりするのですが、ある程度のガイドラインも必要だと思うので、AIで調合と色を紐付けて、色のアーカイブを作りたいのです。そうすれば「コントロールしていない世界をコントロールする」ことが、より可能になると思っています。
織部色ですね。私が岐阜の東濃の人間ということもあって、安土桃山時代の武将・茶人である古田織部さんが生み出したこの色を見ると、安心するんです。夏が来て、本格的に暑くなってきた頃の山の色に似ているからかもしれません。今回、日本の色として緑を選びましたが、青と迷いました。タイルメイドの青むらタイルのような深い青も人を落ち着かせる色ですし、見方によってはハッとさせられたりもして、そのときどきで与える印象が違うので、飽きないです。
青むらタイルの釉薬も昔からあって、海鼠釉(なまこゆう)と呼ばれているんです。織部の緑も海鼠釉の青もはるか昔の人たちが好んだ色を、今生きている私たちが古いから惹かれるというより、むしろスタイリッシュに感じるってすごいことだと思います。しかも海外の人もそこに日本らしさを感じるわけですし。日本のタイルの強みを生かして、これが日本だと感じられるような色を作っていきたいですね。
安心できる、深い山の色
NOCS 品番 | : 10GY-6-9.0 |
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岐阜県瑞浪市生まれ。家業のタイル用釉薬を製造する株式会社玉川釉薬に6年勤務。名古屋でのボランティア活動を経て、東京でまちづくり・ものづくりに関連した地域活性のプロジェクトマネジメントに携わる。瑞浪市では焼き物工場見学イベントなどを企画。2014年、合同会社プロトビを設立し、タイル・焼き物産地のPR事業を手がける。2017年、オーダーメイドタイル事業「TILE made(タイルメイド)」をスタートし、タイルの提案・企画・開発・製造・販売を行っている。
世界を旅して、世界中の人に触れ「料理は言語を超える」と実感した、台所研究家の中村優さん。世界各地で出会った人から料理を学び、それを伝えるために編集も学び、さらにはその素晴らしい食材も届けたいとオリジナルのビジネスを展開。現在は、タイを拠点に食材の輸出業を行っています。”食”を中心にした多彩な活動の礎になっているのは、まさに人との出会い。美味しいモノが大好き、美味しいモノを作る人が大好きな彼女が色について語ってくれました。
稲坂良弘さんは440年の歴史を持つ香専門企業「香十」の代表を務め、その後香の伝道師として香の歴史を現代に伝えています。日本の文化で“色”と“香”ははるか昔から密接な関係にあると言います。現代人の生活に香を取り入れる取り組みをされている稲坂さんに香りの世界からみる、日本の今の色をお聞きしました。