人間のすべての原点は口

食事を改善しないと光は射さない

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私が思う、今の「日本の色」 vol.13

松嶋啓介

シェフ

松嶋啓介

シェフ

20歳で渡仏し、25歳の誕生日に南仏ニースで独立したオーナーシェフ、松嶋啓介さん。外国人として最年少でフランス・ミシュランの星を獲得し、現在はフランスと日本のレストラン「KEISUKE MATSUSHIMA」を行き来しながら、食をベースに幅広く活躍しています。双方の文化を俯瞰する松嶋さんの目に映る「日本の色」とは。飽食の時代だからこそ見落としがちな、真の意味での食の豊かさとともに語っていただきました。

日本人は料理を味わっていない

料理の道へ進んだきっかけを教えてください。

 親に「やれば」と言われたから。家で出てくるごはんの味付けなんかに、口うるさかったんです。正しくは「フランス料理でもやれば」だったんですけど。「あなたはたぶん、海外に行きたい欲があるでしょうから、フランス料理だったらそれが全部満たされるでしょ?」と。親は見抜いていたんですよね。大抵の親はそうですよ。子どもにどうなってほしいか、子どもが何を望んでいるか、先回りして考えて環境をこっそり用意して、僕らは知らない間にその通りに歩んでいたりしますからね。といっても僕の場合は料理だけじゃなく、ものづくりは基本的に何でも興味がありました。今でもジーパンを作ったり、知り合いの音楽家と作詞をしたり、イスやテーブルを作ったり。お店作りもそうですけど、基本的に作ることが好きなんです。

日本でフランス料理の専門学校に1年半通ったそうですが、そこではどんなことを学んだのでしょう。

 魚をおろして、肉をおろして、野菜を切るっていう、基礎を身に着けました。僕は授業で料理をほとんど作らず、見ているだけだったんです。なぜかっていうと、いい学校を出た人たちは頭でっかちだと言われていたから。学校で誰もが知っているような料理を一度でも作って試食をすると、「ああ、意外とできてるじゃん」と過信してしまう。だけどもし職場で上司とかに「おまえ、これやったことある?」って聞かれて、「はい」と答えたとしても、一度体験しただけなのと、身にまで付いているかでは全然意味が違うじゃないですか。大抵は「じゃあやってみろ」と言われたら、「1回しかやったことないけど、どうしよう」と焦ってしまう。そうはなりたくないから、あえて何もやらずに「教えてください」と言える自分でいようと思ったんです。人生は職場に出てからのほうが長いと思っていたので、学校では切り物とかちょっとした炒め物はやるけど、味付けみたいなことはなるべくやらないようにして。ほかの班の味見しかしない、超変わったやつでした。

フランスで修行をされて独立をする際、ニースを選んだのは?

 生まれ育った福岡に似ているからですね。日本は島国だから特殊だけど、ある程度の都市で、海と山がある環境ってヨーロッパではなかなかないので。子育てをするうえでは、自然の色や音に気づける環境を提供するのが親だと思ってもいました。パリとニースでは出ている太陽の色が違うから、色彩感覚も違うんです。具体的に言うと、パリは白の使い方があまり上手じゃないなとときどき思ったりもする。パリで真っ白の洋服を着ている人はなかなかいないですけど、南仏だと多いですよね。普段から浴びている光の量でその辺は変わってくるのだろうし、九州の人たちと東京の人たちの好みの色もやっぱり違います。専門学校時代から、そのことは何となく気づいていましたけどね。そういった感覚は、料理にも反映されています。気候風土と食べ物は切り離せないものですから。こないだ「ふくや」という明太子会社の社長さんがニースのお店に来て、僕が作ったラタトゥイユを食べた瞬間、「啓介さんこれ、がめ煮(筑前煮)やね」って言われたんです。そのとき、ニースが福岡っぽいと思っていた僕の仮説は間違っていなかったんだと確信しました。

 料理は当然、色も大事です。たとえば現代人の多くは疲れているといっても、体の疲労だけでなく、パソコンの前で同じ姿勢で座ったまま仕事をしているので、目が疲れていたりもします。だから目を癒す色については考えます。単色になっただけで目が落ち着くという人もいるだろうし、色鮮やかになることで刺激を受ける人もいるので、色の組み合わせや彩りは大事な要素のひとつです。ただし色鮮やかといっても、塗ったような色にするのは嫌いなので、同じ鮮やかさでも濃淡みたいなものを意識します。

日本とフランスで作るフランス料理には、何かしら違いがあるのでしょうか。

 日本で作るフランス風料理と、日本人が作るフランス料理ですね。たぶん全然違うものです。一緒じゃないって怒る人もいますけど、食べる環境も気圧も水も違うのだから、そもそも一緒にはならない。食べる人の感受性も、日本とフランスでは全然違います。たとえば必要だと思って食べに来る人と、欲求を満たすために食べに来る人とでは味わい方が違いますよね。連れてこられた人は、「食べられるんだ、ラッキー!」くらいの感じでしょうし。全体的にいえるのは、フランス人は味を味わいます。その点、日本人は「焼いた魚がふわふわしておいしかった」などと触感を語りがちなので、全然味わってないなと思います。見た目の美しさばかり気にして写真を撮って、目の前にいる人以上に、どこにいるのかわからない人とのコミュニケーションを大切にしながら食べている。フランスでSNSにアップしながら食事してたら、一緒に来た彼女はどっか行っちゃいますからね。

心で食べ物を感じて、癒やされること

松嶋さんの考える今の「日本の色」は?

 日本の現状を見ると、リスクを抱えている人たちが多すぎますよね。オリンピックを迎える前だから多少の希望もあるけれど、そのあとどうなるかわからないという不安があって、全体的に闇がある。光は射し込むけど多くは届かない、厚い雲で覆われているようなくすんだ色ですね。日本に限らず、フランスだってそうです。先進国はどの国も、今まで作ってきた社会の構造がよくなかったよねと言い始めていて、何かしらの闇を抱えていると思います。発展途上の新しくできているような国は、希望の光だらけですけど。フランスと日本を行き来していると、特にそう思いますね。

レストランで料理を提供する以外に、料理教室やセミナーなどを開催されている目的は?

 結局のところ、闇はすべて食が作っていると僕は思っているからです。食事を改善しないことには、この国に光は差さない。それくらい食の歪みが社会の歪みを生じさせています。要するに、人工的なものを使いすぎなんですよね。本来、人間は自然とともに生きてきたのだから、人工的な色と自然の色があったら、大抵の人は自然の色を選ぶはずじゃないですか。でも最近は、人工的な色を選ぶ人のほうが多くなっています。食べ物は時間が経てば腐るのが当たり前だけど、今は腐らせないで長持ちさせるために保存料を使っている。そういったものを食べている人は、毒素に侵されているわけですよ。なぜ腐らせたくないかっていうと単純に損をしたくないからで、儲けることしか考えていないものを食べていたら、歪んでしまうのも当然ですよね。人間のすべての原点は口であって、精神も肉体も食べ物が作るんです。

「嗜む」という字は「口から日々老いる」と書きますが、嗜み方に癖があるような人は、どうしても中毒性のあるものに依存しがち。食べ物を脳でおいしいと思っているような人は、報酬主義者や快楽主義者で単発的な癒やしばかりを求めてしまうんです。反対に心で食べ物を感じて癒やされれば、豊かになれると思うんです。そうやって食べ物の脳や心への作用のしかたによって、性格が形成されるというのはあると思います。同時に、九州男児と東北人の気質が違うように、食は気候風土ありきです。しかも日本は本来、そういった境界線がはっきりしていたわけではなく、グラデーションになっていたはず。でも今みたいな縦割り社会だと、分けるべきではない色も分かれてしまう。それで全体的にくすんでいるのだと思います。

これからやっていきたいことは?

 ものづくりよりも、実は“ことづくり”のほうが好きなのかもしれないと最近思うんです。おいしいものをなぜ作るかっていったら、おいしいものがあるところにはいろんな人が集うからだと、たぶんどこかで思っていたんでしょうね。過去にもいろんなことづくりをしてきましたし。日本人がフランスに行って、そのまま戻らずにお店を出したっていうのも、ひとつのことづくり。これからもいろんな事例を作っていくつもりです。

松嶋さんにとっての日本の色

食事を改善しないと光は射さない

NOCS 品番 : 2.5PB-1-7.0(左)
NOCS 品番 : 2.5PB-1-9.0(左から2番目)

Profile Keisuke Matsushima

福岡県出身。エコール辻東京料理専門学校卒業後、渋谷「ヴァンセーヌ」を経て20歳で渡仏。2002年、25歳の誕生日にフランス・ニースでレストラン「Kei’s passion」をオープン。2006年、本場フランスのミシュラン一つ星を外国人最年少で獲得。2009年6月、東京・神宮前に「Restaurant-I」をオープン。フランス政府より日本人シェフとして初めて、さらに最年少でフランス芸術文化勲章を授与される。2014年7月、「Restaurant-I」の店名を本店同様の「KEISUKE MATSUSHIMA」に改める。著書に『10皿でわかるフランス料理』『バカたれ。』『「食」から考える発想のヒント やる気を引き出しチーム力を高める』など。

このインタビュイーのご紹介者

ピアニスト、作曲家 ロンドン在住

平井 元喜 様

これまでロンドンを拠点に世界70カ国以上を演奏旅行されてきたピアニストの平井元喜さん。アジア、アフリカ、中東、北米・中南米、ヨーロッパなどさまざまな国や地域を訪れ、その多様な風土や文化に触れたからこそ見えてくる、日本人ならではの美意識と日本を表す色。物質的には豊かだが、時間に追われ何かと忙しい現代社会において薄れつつあるこの美意識について語ってくださいました。

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ファッションコンサルタント、NY在住

市川暁子

1999年の年末にNYに移り住み、NYを拠点にファッションを軸にアートやデザインなどのプロジェクトを幅広く手がけているコンサルタントの市川暁子さん。世界中の人が集まりカルチャーが生まれる街・NYから考える、今の日本、そして今の日本の色とは?

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