ファッションとしての色で元気や勇気を

闇を抜け、朝を迎えるグラデーション

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私が思う、今の「日本の色」 vol.18

早園 マキ

ロウロウジャパン デザイナー

早園 マキ

ロウロウジャパン デザイナー

横浜の地場産業である捺染業、その捺染用シルクスクリーン型製造を生業とする両親のもと、ファッションに囲まれて育った早園マキさん、早園さんがデサインする「ROUROU」の洋服はアジアの息吹とともに、日本の伝統技術も組み込まれた唯一無二なものばかり。早園さんがファッションを通して考える日本の色とは。

変化するアジア女性たちの意識

ファッションの世界を志されたきっかけは何でしようか。

 両親が横濱スカーフのシルクスクリーン捺染型を製造する会社を営んでいたんです。これはどんな作業をする会社かというと、メーカーからスカーフやハンカチの図案が送られてくるので、それをシルク地やその他の生地にプリントするためのシルクスクリーンの版を色ごとに作るんです。

 透明なフィルムの上に、墨やオペークなどの画材を使い、1色ずつハンドトレースしていくのですが、これはカラーの世界をモノクロにしちゃうんですね。1枚のハンカチの中に2~3色というものもあれば、贅沢にも24色も使われているものもある!と、最近では色数が多い物はインクジェットプリントなどが使用されるので、びっくりすると思いますが、24色という色数があれば、24枚のフィルムに描き分けて行くという地道な作業があり、またモノクロなので出来上がるまではイメージとの戦いというか。小学生の頃は、学校に行きたくないというと両親が学校を休ませてくれて、会社に連れていってくれたので、そばでトレースからシルクスクリーン型になるまでの一連の作業を見ていました。私は会社の製版で作った品はどんな仕上がりになってどんな人の手に渡るのだろう?と思っていました。なので、自分はデザインをしてそれをお客さんに売るところまでをやりたい、と思ったんですね。そんな環境だったので、その頃の影響で色に対する意識は培われたのではないかと思います。

「ROUROU」を立ち上げて20年。ブランドのコンセプトを教えてください。

 「ROUROU」というブランド名で、精神的にも文化的にも進化した争いのない理想郷「朧朧国」(ろうろうこく)がアジアのどこかにあると仮定して、そこの商品をインポートするっていうコンセプトです。そして今は、ファッションの業界にとってとても厳しい状況ではありますが、「ROUROU」が当初から発信している独自の世界観のファッションに共鳴してくださるお客様が世代を超えていらっしゃり、とても嬉しく 思っています。現在は国内のみでの販売ですが、これだけデジタル化も進んでいますので、今後チャンスがあればアジア各国での展開もチャレンジしたいと思っています。

アジアにフォーカスされたきっかけと、アジアの女性たちの変化はどのように感じられていますか?

 服飾の学校を卒業してモデルをやっていた時代に、YOHJI YAMAMOTO(ヨウジヤマモト)さんのパリでのコレクションに参加させていただいたことがあります。その時着させていただいたのが、黒地に赤い絞り染めのドレスだったのですが、とにかくなんてカッコいいんだ!と衝撃を受けたんです。当時、私を含め日本人はヨーロッパのファッションに強く憧れを抱いていたと思うのですが、ヨウジさんのジャポニズムをテーマにしたコレクションが素晴らしく、日本やアジアの良さを改めて再認識したというか、日本から“アジア的な要素”を発信して行きたいと思ったんです。

 最近では社会の状況が大きく変化してきて、かつては民族や性別の違いがあったファッションも既存の垣根を超え、より多様化した自由度の高いものが受け入れられるようになって来ました。一方で、伝統やこれまで長い時間をかけて培って来た文化などの存在意義が薄れてきているようにも感じています。私達も昨今の流れを取り入れつつも、そうした先人達が生み出し、伝えてきたものを継承して行きたいと思っています。


現代のデザインと日本の伝統の融合

日本の伝統技術も積極的に取り入れていらっしゃいますね。

 ブランドをスタートさせた頃は、生地の調達や生産など本当に手探り状態でした。当初は母親がやっている会社の関係でベトナムに工場があったので、ベトナムで生地を買って、それを現地の工場へ担いで行き縫製をしてもらうなどしていましたが、縫製は上手くても素材背景が乏しくバリエーションが増やせないというジレンマがあり...。そこで、日本の産地を歩き、繊屋さんと出会うことができたり、オリジナルプリントを作っていただけるようになったり、少しずつ開拓してきた感じです。うちのようなロットが少ないブランドにもかかわらず、熱意に応じてご協力いただける職人さんがいて、彼らは100年伝わる技術を現代に継承していて、桐生の刺繍や岡山のデニムなど、品質が本当に素晴らしいですよ。そういう商品が一人でも多くの人の手にわたる循環ができたらいいなと考えています。

早園さんが考える、今の日本の色とは?

「ROUROU」は、古語で朧朧(ろうろう)と書くのですが、「曙の空朧朧として」というように、夜明けの色である紫をテーマとしているんです。徐々に闇を抜けて、日が差して明るくなっていく。黒から赤に向かっていく朧げなグラデーションの、少し明るいピンクパープルっていうのかな、夜と朝が混ざり合うような。一瞬の時間ではあるのですが、すごく綺麗なんですよね。

 ブランドを立ち上げてから20年経ちますが、今日本では各地で地震や津波が起り、また気候変動による大雨災害などもあり、そして更にこのコロナ禍で、大変な時代の中にあるように感じます。でもそんな中でも日本人は何度も立も上がる強さを兼ね備えていると思うんです。またそうであって欲しいという願いから、今の日本の色は、「ROUROU」のテーマでもある、夜から朝へと向かう空の色、紫だと思います。どんな苫難があっても朝を迎えてきた日本、今の状況も必ず乗り越えられることを願って。

                                          掲載日:2020年10月21日(水)

早園さんにとっての日本の色

闇を抜け、朝を迎えるグラデーション

NOCS 品番 : 2.5RP 8-5

Profile Maki Hayazono

横浜生まれ。横濱スカーフのシルクスクリーン製版型を作る職人の家庭で育つ。
日本ファッション学院卒業後、職人として家業を手伝いながら、モデルとしてコレクションや雑誌、TVCFなどで活躍する。パリコレ出演を機に、自分のなかに眠るアジア人としてのアイデンティティや誇りを実感。日本から発信する“ネオアジア”をコンセプトに、2000年横浜中華街に自身のプランド「ROUROU」をオープン。現在は自社製品のデザインの他、ホテルや企業の制服、舞台衣装などのデザインも手掛ける。

このインタビュイーのご紹介者

ファッションビジネスコンサルタント

坂口 昌章 様

アパレルをはじめ、繊維に関するビジネスに長年かかわってこられた坂口昌章さん。安価で手軽な繊維や染料が日常に溢れる現代で、あえてその流れから逆行する、もしくは原点ともいうべき“藍”のブランド化に取り組まれています。藍がもつ魅力は色だけではなく、私たち人間に必要不可欠な要素でもあるようです。日本の文化、ファッションにおいて、今どんな視点が必要とされているのか、色を入り口に坂口さんが語ってくださいました。

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ファッションコンサルタント、NY在住

市川暁子

1999年の年末にNYに移り住み、NYを拠点にファッションを軸にアートやデザインなどのプロジェクトを幅広く手がけているコンサルタントの市川暁子さん。世界中の人が集まりカルチャーが生まれる街・NYから考える、今の日本、そして今の日本の色とは?

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